夢の屋(北海道のネット古本屋=気まぐれメモ)

気ままで気まぐれなメモ帳です

★開店祝いの「スタンド花」、私の時は気付いたら花は無くなっており驚いた(札幌/1991年)

とっくに潰れた貸本屋(札幌、北30西5)だけど、
1991年に開店した時に入口の賑わいと考えて「スタンド花」を用意した。
マンガがメインだったので、東京の「現代マンガ図書館」内記さんの事前承諾を得て、
当店払いで"現代マンガ図書館からの祝開店"の小さな「スタンド花」を飾った。
別に透明シートで防御していた訳でもないが、
ふと外に出て視たら、花はスッカリきれいに無くなっていました。
その時にこちらとしては盗られたという意識でした。
まだ入会者が居ないのですから、通りすがりの通行人が…
誰だかに訊いたら、姉かな…、しおれた花が残っているよりも、
無くなった方がイイんだよと…
当時そんなものなのかと思った記憶はあるけど、
せめて開店日ぐらいは花盗らないでよー
花代とスタンド台の借り賃だって安くはないのだから…
と感じた記憶が残っている。
今ならば、ブログかホームページにでも感想を残すのだろうけど、
ホームページの開設はやっと1999年になってから…

次の記事を読んだので記す。
★開店祝いの「スタンド花」 持ち帰っていいの?!***2017/8/25 15:00神戸新聞NEXT
https://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/201708/0010499513.shtml
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◎小振り中国産ウナギ950円を3回丼ぶりで堪能、うなぎ鰻/土用の丑の日

ウナギを食べることはホント減りました。
五年前に石狩市に引っ越してから、生協でうなぎを買ったのは今回を入れて2回だけ。
30歳前後のサラリーマン時代には友だちと偶には
昼飯として中串丼という鰻丼ぶりものを食べていた。
給料日とかボーナス支給日とか土用の丑の日とか、
普通の日では無かったけど。
少しはゼイタクだという意識はあったから、偶にはナノダ。
ウナ重は接待でご馳走になった記憶しかないけど、ウナ重は当時も贅沢品だった。

ウナギが高級品になったのは、輸入物が高くなって簡単に手が出なくなってからだ。
それまでは鰻屋はともかくも、食品スーパーでタマに買っていたと思うのだけど。
もはや記憶も薄らぐ遠い彼方のことかな

いつも市民生協で週に一度食材の仕入れをしている。
火水が特売日なのでどちらかにまとめ買い出しだ。
7/25(火)は「土用の丑の日」でウナギがずらっと並んでおり
また弁当コーナーでもウナ重などが特設棚
まるで今日ウナギを喰わない人は時代遅れみたいな感じでした。
売れ残ったのは少しずつ値引きするのかな??
誘惑に負けて今回は中国産で一番小振り税込950円が一番安いクラスだったので購入。

買う前から、これはウナ丼3回分だと決めていました。
最初にやったのは付いていたタレの引き伸ばし。
ミリンが無いので日本酒とソバ汁などでタレを増量
尻尾部分を刻んで一緒に煮沸したらよりOK
タレをたっぷりかけるとウナギの具は小さくとも美味しい。

ウナギの三分の一部分を五つに細切り
それをアルミホイルで包んで日本酒をたっぷりかけフライパンで蒸し煮
(日本酒が少ないとウナギがアルミホイルにくっ付いてしまう)
私の場合は最近いつもチンごはん
丼の底に少しゴハンを敷き細切りウナギ2切れを載せる
残りのゴハンを上に敷き3切れを載せて増量タレをたっぷりかける
(サラリーマン時代の中串丼はこの二段方式だったと思う)
こうすると950円の鰻を3回堪能できるのだ!!
(私の場合、山椒は無視(捨てる))
でもオカズだけで1回に300円超えはやっぱり少し豪勢ですなあ

記念碑「信濃路はるか 肢体不自由児学童疎開の地」、戦時中の肢体不自由児の疎開(上山田村(現千曲市)の上山田ホテル)

★戦時中、多くの肢体不自由児を守った決断 長野で「疎開」に感謝する記念碑***THE PAGE 2017.05.28 15:00
https://thepage.jp/detail/20170526-00000008-wordleaf
「太平洋戦争のさなか、疎開先探しに困った東京の養護学校を児童、職員ぐるみで受け入れたホテルが長野県にあります。」
「長野に何とか疎開を果たしたのは当時の東京市立光明(こうめい)学校。1932(昭和7)年に全国で初めて肢体不自由児のための寮舎、医療施設を設けた養護学校として東京・世田谷区松原に開校しました。空襲が次第に激しくなり、1944(昭和19)年には東京などの学童疎開が始まったため、光明学校も対策を急いでいました。」
「松本校長は疎開先になりそうな各地を当たりましたが、医務室、リハビリ室などの設備のほか、60人余の児童と職員を合わせ150人ほどの規模になる疎開を受け入れるところはなかなかありません。」
「しかし、疎開の受け入れによってホテルは営業中止になり、従業員の生活にも響くなど難問だらけ。それでも子どもたちのためにと従業員らが理解を示し、疎開が実現することになった――と太田氏は記しています。」
続きは上のページで

◎葛飾北斎の西洋風肉筆画6枚の謎(署名や落款の無い経緯) (画像6枚)、松本清張の歴史小説のような

★北斎、検閲避け名入れず? 作者不明だった西洋風画の謎 シーボルト収集品目録と一致***西日本新聞2017年05月19日14時08分
https://www.nishinippon.co.jp/nnp/nagasaki/article/329497/
「オランダのライデン国立民族学博物館に所蔵され、長く作者不明だった6枚の絵が江戸時代後期の浮世絵師、葛飾北斎(1760~1849)による西洋風肉筆画だったことが、昨年判明した。」
これらの作品が作者不明だった最大の理由は、署名や落款(印鑑)がなかったことにある。1820~29年に出島商館員を務めたフィッセルが当時の日本の習わしやしきたりなどについて書いた著書「日本風俗備考」で、オランダ人は1人の「画匠(がしょう)」を通してでしか絵画を得られない不文律を批判的に記している。」
「一方で、何でも細かく記録したシーボルトの性格が、謎の解明に役立った。ドイツに保存されていた絵画コレクションの自筆目録の中に「88~93 江戸と江戸近郊の図6枚、幕府御用絵師北斎による西洋風に描かれた風景画」との記述が見つかり、作者不明となっていた絵画6枚の特徴と一致した。」

↑西日本新聞のネット記事では画像6枚が確認できます

《昨年の記事》
★作者不明とされてきた6枚 北斎の西洋風肉筆画 オランダの博物館で判明***西日本新聞2016年10月22日 17時32分
https://www.nishinippon.co.jp/feature/attention/article/291661/

最近、昔(学生時代に)読んだ松本清張の短編作品をまた読んでいる。
内容はすっかり忘れていたけと゜、「或る「小倉日記伝」」などの歴史小説が面白く、
こんなにワクワクする小説だったのかと驚いた。
松本清張の歴史小説のような推理ドラマ、そんな「葛飾北斎の西洋風肉筆画」のエキス記事です。

「マクドナルドの店舗で写真貼り出し」の件、オレなら怒る「オマエはオレの頼んだ注文、聴いていなかったのかよー!!」

詳しい状況が次の記事でやっと明らかになった。
★「単品って何だ!」「バカにしてるのか」 マックに顔写真晒された男の暴言内容-J-CASTニュース 2017/2/22 19:25
http://www.j-cast.com/2017/02/22291340.html?p=all
「客の男が2017年2月18日午後10時半ごろ、レジに並んでビッグマックを注文した。
「セットにしますか? 単品にしますか?」。アルバイトの男性店員が通常通り、こう男に聞くと、男は、急に怒り出した。」

私はマクドナルドへ行ったことは無い。モスバーガーにはお土産用を買いに行ったことがあるだけ。
もし私が 「セットにしますか? 単品にしますか?」と訊かれたら、ムカッとしてその店には絶対もう行きませんね。
それが店の常套句で店員の決まり口上だとしても、「オレの頼んだ欲しがっているモノだけを速く出してくれッ!!」が私の感想です。
行きつけの飲み屋で注文したら、「今日は何々のイイのが入りましたよ」と勧められたのと違う。
マックで一見の客である私に、店員から 「セットにしますか? 単品にしますか?」と確認されたら、オレは怒るよー
「オマエはオレの頼んだ注文、聴いていなかったのかよー!!」です。
客を舐めたマックの決まり口上、マックがそうだとは知っているので、だからマックには入りませんね。

マクドナルドという会社には、客をバカにしていることに気付く感性が欠如しています

あれっ!?「ムカッ」記事が連発でした。
お口直しに、良い記事を…
◎夭折した村山聖九段の師匠である将棋棋士・森信雄についての記事(Yahoo!ニュース)-気まぐれ何でもメモ帳(夢の屋/ゆめのや)2017年02月23日
http://yumenoya.seesaa.net/article/447280883.html
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